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部活未亡人は1990年代から小さな問題となっていたが、世間では広まっていない問題の1つであった。
先日、部活未亡人という記事を見つけた。
主にスポーツ系の部活顧問になると、朝練、夕練、土日祝日練となり、妻との会話がないという家庭のことを指す。
ご近所の方には、軽く母子家庭をいう視線を送られてしまうらしい。
現在この部活未亡人の方は心して読んで欲しい。
実は管理人はこの部活未亡人の家庭で育った子が成長し、大人になった男性と結婚した。
部活未亡人の母がどうやって自分を取り戻したか、そしてその家庭はどのような家庭になっていったかを軽くオブラートに包みながら公開していく。
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父親は部活、母親は自営業、子供は習い事。
父親は学校の部活顧問の為、家には不在。
これは折半から話題になっている部活未亡人の家庭そのものだ。
しかし、そこに追加されたのは母親が自営業を始めたのだ。
商売相手は子供。
そう、よくみかける子供の習い事教室の先生だ。
父親部活顧問、母親習い事教室の先生・・・
客観的に見てしまえば、とても素晴らしい家庭に育ったように感じる。
しかし、実際管理人に子供ができて知ったことがこの家庭環境はとても愛情の薄い家庭環境だったということだ。
子供が小学校から帰ると、自分よりも年齢の高い生徒や年齢の低い生徒を教える母親。
結局、ひとりでいることになった子供。
暇を持て余すことになる。
母親も構ってあげられないから、習い事を習わせるようにする。
スクールバスの送迎をしてもらえる習い事だ。
子供が習い事をしたくないといっても、子供と一緒にいることは他の生徒を教えているから時間的に両立ができない。
『○○までできたらその習い事をやめていいよ』
そう、言って子供の意思とは関係なく習い事をさせるようにした。
言われたところまでやれば親との約束は完了。結局、継続して努力することは育たない。
『○○までできたらその習い事をやめていいよ』
という条件の元、習い事に行っているのだから、○○までできてしまえばやめてしまう。
子供に付き添って何回か習い事をしている姿を見てあげられていたら、『ここまでするにはこうしたらいいんじゃない?』と、アドバイスを与え、もっと努力させたり継続力を身に付けたりするだろう。
しかし、『○○までできたらその習い事をやめていいよ』という条件である。
自営業を始めた母親は他人任せになり、子供が○○できたからやめるという申し出をそのまま受けた。
そこで、もう少しやったらなど、おだててみても、子供にとっては目標達成してしまったのだから、もう少し続けて行うことの意味が見いだせなくなっているのである。
続けて行っても、親が見に来ることはない。
親がアドバイスをしてくれることはない、褒めてくれることもない。
子供の視点から見ると、旨味が何もないのである。
子供は親との約束をクリアすることだけが目的となり、要領よく物事を終わらせることだけを身に付けた。
要領よく行うと、大人が手際がいいと褒めてくれる。
また、早く終わらせると大人が関心を持ってくれる。
子供はそれが愛情なんだと勘違いをし始めた。
土日父親不在、母親不在・・・子供習い事・・・
ちょうどバブル期だったこともあり、習い事全盛期で母親の商売は繁盛。
家族がそろって食卓を囲むことはほぼない。
教室の先生でもある母親は、冷凍食品を使って食事を作ってくれたらしい。
よく使っていたのか、いまだにニンジン、グリンピース、とうもろこしのミックスベジタブルが苦手と言われる。
ちなみに、自営業ではあったが、高校生になっても毎回家族で食卓を囲んでいた我が家のミックスベジタブルの思い出は、ニンジン、ピーマン、トウモロコシ。
たまにピーマンではなく、いんげんだったりする。
そう、毎回母親が包丁でしっかりカットして、フライパンで混ぜ合わせていた。
だから、ミックスベジタブル=グリーンピースというイメージはない。
努力ナシ、継続ナシ、投げ出す性格に育つ。
誰もがこのような家庭に育つと努力ナシ、継続ナシ、投げ出す性格になるとは限らないが、客観的に見てそのような性格になっている。
どの家庭もこうなるとは言わない。
あえてひとつのケースだ。
部活未亡人が手に職を持った家庭で育った人間との現在の子供との生活を記してみる。
子供とのコミュニケーションが消極的。
母親の自分も正直、3才の時、親と何をして遊んだとか覚えてはいない。
保育園に通わせて入るけれど、土日や祝日の休みにはどのように過ごせばいいのかわからない。
身体に体力がついていないときは風邪を引きやすかったから、病院に行っては良く昼寝をさせて疲れを取らせるようにしていた。
しかし、体力がついてきた今は、風邪を引く回数も減ったし、なにより昼寝をしてくれない。
自然と家の中にいるよりも外出する回数の方が多くなり、おにぎりを持ってピクニックに行く回数も増えるのだ。
だが・・・仕事が疲れているという理由でベッドから出てこない。
起きるのは夕方になって、自分の体力が回復してから。
そんな時間から子供と一緒に出掛けるのは、平日の保育園スケジュールと逆行する流れである。
夏場ならば、ナイトミュージアム等開催してくれる場所もあるかもしれないが、そんな存在をあらかじめ調べて予約をしておくということは全くしない。
だって、その時間に自分の体の疲れが取れているかわからないからだ。
自分を犠牲にしてまで、我が子と出かけることは考えていないように感じる。
父親部活顧問+母親教室の先生⇒子供の頃の楽しい思い出が薄い。
どうやら、子供の頃、家族で遊びに行った思い出が薄く、何をして怒られたことがある、こんなワガママをしたことがあるというものもないらしい。
部活未亡人だった母親は教室の先生になったことで、充実した人生を送っている。
しかし、結果としては愛情不足で愛情をどうかけてよいかわからない子供を大人にさせた。
そして週末になると、リビングデッドならば良いが、ベッドに引きこもりの大人が発生する。
半年も続けると、子供はそこに寄り付かなくなる。
部活未亡人ではないが、同じ状況の管理人がいる。
子供は何物にも染まっていない。だから愛情含めた極彩色に育てたい。
子供の年齢と母親となった年数は同じだ。
今、話しても理解できるようになってきた年齢だからこそ、お腹の中にいるときはこうだったとか、ママもこんな悪いことをして怒られたとか・・・
自分の経験したことも含めて話している。
もちろん、ここがダメだったという点はしっかり強調しておく。
おかげで、多少理屈っぽい話し方をする子供になってしまったが、顔色を見ながら慰めたり、謝ったり、おどけたり・・・色んな技を覚えてくれた。
保育園の先生とは大きく違う点は、一緒にテレビを見ているから子供にとってはやっぱり親の存在は特別なんだと思う。
親が笑ったところは面白いところと察するのか、そのセリフは覚えるとか・・・なかなか頭を高速回転させて覚えようとしている。
我が子に対して偏愛していると言われても納得してしまうほど可愛がっている感覚はある。
自分の親には甘やかしていると怒られることもある。
でも、独りの親で二人分の愛情を注がなくてはいけないのだから、それはそれで仕方ないと自分は感じている。
怒る時は人前でも平気で怒るし、親が間違えた時はギュッと抱きしめてごめんなさいを言う。
それが、父親部活顧問+母親教室の先生で育った子供と環境を引き継がない為のひとつの抵抗方法だ。
自分が愛情いっぱいの家庭に育ったかは正直わからない。
ただ、それなりの愛情の中で育てられて、社会人になって知ったことも多々ある。
何事にも挑戦して、努力を継続できる力を身に付けて人生を歩けるよう・・・
子と感情豊かに衝突しながら、成人するまで育てて行きたい。