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子育てしながらアフェリエイト事件簿

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草サッカーの試合を見ていて思った事。声掛けって大事。

草サッカーの試合を見ていて思った事。声掛けって大事。

 

 

 

プレイヤーってボールを持ったら回りを見るけれど、それって結局半径5メートルぐらいの範囲のプレイを瞬間でしか考えられなくって、その他に全体をしっかり見えて声が出せる仲間が必要なんだなと思った。

 

 

 

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組織化するならば、チームワークは大事。

 

 

 

組織化するならば、否定的な思考も、全体的な思考もとても大事になる。
ここが引き際というのも戦略的には必要な時がある。

 

 

 

戦略的意見が必要な時もあるかもしれないが、単純に声を発することも大事。

 

 

 

声を出すと言う事で、そちらにも注意が行く。
もちろん問題が発生しているから声を出してほしいというわけではない。
もしかしたらうまくいっている手法が眠っているのかもしれないし、何も宝となる原石はないのかもしれない。

 

 
でも、声に気が付くことが自分の視点を変えると言う事に繋がるので、何かしら声は発する仲間が必要なんだと思った。

 

 

 

学ぶことはアフェリエイトからだけではない。

 

 

 

世の中学びの種はあちらこちらに落ちているということなんだとふと思った。

 

 

 







ぼーっとテレビを見ていたら画家の生涯を紹介していて。

ぼーっとテレビを見ていたら画家の生涯を紹介していて。

 

 

長谷川利行という画家の生涯を紹介していたテレビ番組をみていました。

 

 

 

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生き方はとても不器用。

 

 

 

毎日の飲み代を稼ぐ為に名刺代わりに書いた絵と引き換えに小銭をもらうという感じ。
一日中うろうろして、図書館でピカソやドガなどの画家の生涯を含め、絵を学ぶ日々。
油絵を書くのは早書きで1時間程度。
油絵のパレットは使わず、キャンバスにそのまま絵具を載せていく方式。

 

 

 

共通点を見出したからこそ、最後まで見てしまう。

 

 

 

多分、これってアフェリエイトと共通なのだと思う。
自分の中で共通点を見出すと、そこでぼーっとみているから一段階段を上がる。
興味という階段を上がるのだ。
今回、画家、長谷川利行の生涯で共通点を見出したのは早書きという点。
自分も油絵は早書きタイプ。
そして、パレットは使わないタイプだった。
油絵の先生から教わったはずなのだが、先生の教え方が自由でもあったので、2年間油絵を学生時代に学んだのだが、正直、オイルの使い方がいまだに分からない。
キャンバスにそのまま絵具を載せてしまうので、絵には油絵具の凹凸が出来、そこには陰影ができる。
乾燥した油絵具はヒビが入る。
そんなキャンバスだ。

 

 

 

他にも好きな光景が似ていたりして、自分は生まれ回りなのかとか、バカなことを思いつく。
この心の導入感こそ、アフェリエイトで必要な力なんだろうなぁ・・・
早くこの力を身に付けられればありがたいのだが・・・

 

 

 







春だから気分も変えたい気がする。

春だから気分も変えたい気がする。

 

 

気分を変えるために髪型をかえたいというのもひとつの理由だが、正直なところ、枝毛が増えてきたからどうにかしたいというのもひとつの理由だ。

 

 

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1/10の割合で枝毛な気がする。

 

 

ちょっとイラっとする。
そして抜いたり切ったりするのがだ、抜くと頭髪の全体量が少なくなるし、切るのはどこまで切ればいいのかわからないし、正直面倒なのである。
かといって、髪を短くすると顔が丸いので鏡餅が歩いているようになるのも正直イヤだし、流行りのボブにする選択肢を考えると、髪が結べないというのも嫌なのである。
枝毛の過去記事はコチラ⇒枝毛がひどくなってきた。どうする?切る?抜く?

 

 

ワガママといっちゃ、ワガママだが・・・

 

 

でも、目の中にはいるものだし、我慢しろというのもなんか違う気がするんだよね。
そしてさ、その髪をどこで切るかだ。
近所のところだとカット後ははねたりするからやっぱりNGで、気に入っているところにいくには子供をどうにかしないといけないし。
わざわざ髪を切るのに会社を休まないといけないっていうのもナンセンスだしさ。
まぁ、有給つかうんだけどね。

 

 

わざわざ親が髪を切るのに子供のキッズスペースがあるところを探さなくてはならないのか・・・

 

 

そういうところってたいていカット代も高いんだよね。
そろそろ個人的にも限界の長さだから、カットしたいんだけど・・・

 

 
あぁ・・・本当にどこでカットしようかな・・・

 

 

 







否定と肯定は紙一重な気がする。

否定と肯定は紙一重な気がする。

 

 

例えば、何か物事を教わる時、自分の考えをまずは否定される。
それは成功者だから・・・というよりも、成功した経験があるからできる技である。

 

 

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例えば、自分の考えがなく真っ白な状態から教わるとする。

 

 

それは無垢な赤子のようなもので、周りの世界を知らないから、言われたことだけ行うことができる。
そこには絶対できな信頼関係が生まれているからであり、産まれたばかりの生物が、近くで動いているものが親と思う感覚と似たものだと思う。

 

 

でも、そのあと赤子が成功例を積み重ねていくと徐々に回りを見渡して己と比較するようになる。

 

 

もっともっとと望むようになる。
恐怖を知っていたら消極的な伸びになり、恐怖よりも好奇心が強ければ、積極的な伸びになる。

 

 

自分は無垢な人間には正直なれない。

 

 

何度も騙されていたりするし、毎日何かしら棘のある言葉を聞いている気がする。
言う本人はそこに悪意を含めているのかと善意を含めているのかわからないが、自分は言葉の裏も軽く考えてしまう。

 

 

思考的に疑り深い老人に近い。

 

 

だから、すぐにはアフェリでは成功しないだろう。
成功しようと努力しても無理なのだと思う。
いつかは引き際も必要なのかもしれないが、まだ、その引き際がどこにするのかも決められていないので、記事を書き続ける予定だけどね。