note販売を行うことについて考える。

 

 

web上で語れないことを販売するということをたまたまかもしれませんが目にします。
その心理をちょっと自分に置き換えて考えてみる。

 

 

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とりあえず、自分のファンとは語りたいんだろうね。

 

 

 

自分のファンだから・・・裏切らないと思っているのが前提なんだろうな・・・
最近さ、人を信じることがあまりできないからさ、ついつい色んな意味で疑う気持ちが発生してしまうんだけどね。

 

 
そんな性格、やばいとは思いつつ、欠陥住宅問題が落ち着かない限り、多分薄らぐことはあまりないんだろうね。

 

 

 

自分はnote販売はしないなぁ・・・きっと。

 

 

理由としては、もし、note販売をするほどに自分にはファンがいないことをわかっている。

 
それは、七五三の法則からしてもわかるのだが、七ヶ月目でも友人はいないと思っている。
ついったで関係を持っているひとも中にはいるけれど、それを友人とするのは烏滸がましいと感じている。

 
自分は肩を並べるほどの人間ではないし、いつまでも見上げるタイプの人間だ。
色んな方々に見下されることはあっても、自分が見下すような位置にくることはないだろう。

 
だいたい、何を売るんだ?

 
買う人がいるのか?

 
こんな卑屈な人間の何が欲しいのか・・・というところで、売るものが見当たらないというところが結論です。

 

 

 

勉強会的なものに参加できない。

 

 

チビがいるから参加できないのもひとつの理由だが、自分の知識としてアウトプットできるものがないから、現在は参加しても仕方がないと感じている。

 
もし、端から端までネット上で書かれていることを調べて回答が得られなくて困ったら・・・そしたら周りに聞けばいい。

 
月に100万円以上稼いでいるレベルのひとが多い昨今、アフェリエイトのやり方はネット上に出ているものを反映させれば稼げると言う事だ。

 
稼げていないということは、自分の探究心がないということ。

 
自分の実行欲がないということ。
それって単純に憶病なだけなんだ。
それが最近気が付いた事実。

 

 

経験に無駄ということはないと思っている。

 

 

自分は無駄なことはないと思っている。
それは感情においても実行においても人生においての無駄はないと思っている。

 
そこから何か派生する人間関係もでてきている。
ただ、それらが自分の寿命以内にイベントとして発生させられるかどうかということ。

 

 

 
早くイベントフラグが立てば、自分の人生が薔薇色になるだろう。

恋愛シュミレーションゲームと思って、自分の人生も楽しめばよい。

 

 

 

 
そんな考えに行きつくほど・・・自分も年をとったんだな・・・